| 2007/05/12 「アンドロイドは医療過誤を許せるかっ!?」 | |
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俺の大好きの漫画で、「実験人形ダミー・オスカー」というのがあって。 ![]() まあ、こんな表紙なもんだからあまり大きな声では言えないが。 この物語、いかに人間そっくりの人形を作るか、という話と多重人格ものをミックスさせて、しかもセックス&バイオレンスという贅沢な「オトナの嗜好品」なのだが、当時は最新鋭だったロボット工学の技術が緻密な絵で紹介されている、マサニロボット・フェチ向きな作品だったわけである。 現実世界では、AIBOをはじめとして人間とコミュニケーションするタイプの玩具としてのロボットがたくさん開発されているわけだが、これも医療の世界での使用について、その実用化が期待されているらしい。
誰もが思うことだろうが、写真を見る限り、このロボットは、怖い。こんなのが、 「ぎぎぎ…まぶたが…ぎぎぎ…重たいのォォォ」 なんて話しかけて来た日にゃ、診察どころではない気がするのだが。 どことなく、映画「アイ・ロボット」の登場人物みたいだし。 医療用ロボットのいいところは、たとえ治療や応対に失敗して「死んで」しまっても文句を言わないところだろう。特に医療現場よりも医師をめざす学生にとっては、実際の患者で試すことのできない実習をするうえではおおいに助かるのだとは思う。 今後は、いろいろな症状を表現できるようにするとのことだが、 失血してどんどん青ざめていく機能だとか、 とにかく苦しんでばたばた暴れまくる機能だとか、 実際の現場で起こりうるシチュエーションに対応してもらいたいものである。 ただ心配なのは、そうやって難度も品性しまったあげく、 人形に魂が宿って しまったりして…。 |
| 2007/05/02 「マゴットセラピーをする勇気があるかっ!?」 | |
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民間療法で、肩こりや鬱血している場所の血をヒルに吸わせるというのがあったのだが。
要は、ウジ虫が緩慢なスピードで傷口をおさめてくれる、ということだろうか。 で、試みにネットで検索してみると、苦労することもなくヒットがあって、 ジャパン・マゴット・カンパニー(http://www.icn-jp.com/~jmc/) ってとこでは、すでにマゴット(ウジ)の販売まで行っている。 これだけ治癒効果の高い治療法が、なぜ今まで広く知られなかったのか不思議なのだが、 やはり治療に生きたウジ虫を使う、というのが抵抗あるところなのだろうな。 で、さらに調べてみると、なんとこのマゴット治療を実践している人のblogがある。 「病院出たり入ったり テレ枡です」(http://diary.jp.aol.com/q7fxhqwuuw/188.html) この人の日記を読む限りでは、治療を受ける患者自身には他の治療とあまり違和感がないようにも感じられるのだが、そのへんはどうなんだろう。 先日、「感謝されない医者 ある凍傷Dr.のモノローグ」(金田正樹・山と渓谷社・\1600)という本を読んで、凍傷の実際とその患部の治療や切断について知る機会があったのだが、そういう立場にたった人にとっては福音以外のなにものでもないのだろうなあ。 ただなあ…。 200匹ものウジ虫が皮膚の上をうじゃうじゃ動き回っている ところを想像するとなあ…。 あなたなら、ウジ虫両方と切断、どちらを選ぶだろうか? |
| 2007/03/30 「みのもんたが嫌いで悪いかっ!?」 | |
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昨日、夜の病院帰りにふと気づくと、不二家が営業再開しているではないか。 まあ、ここのところいろいろあったけど、ようやく再開できたんだなあ、と思っていたら。
実は俺、みのもんたが大嫌いで。 あの上から人を見下したような物言いがなぜ人々に受け入れられるのかが どうしてもわからないのである。 タイムリーなことに、現在女性誌ではみのもんたが女性アナウンサーにセクハラをしたのでは、との疑惑が載っているのだが、思い起こせば何年も前、昼の番組でアシスタントと不倫問題を起こしたのではなかったっけ? その不倫大王が、政治家の不倫についてもの申してしまうのだから、片腹痛い。 今回の不二家に対しての「廃業してもらいたい」発言も、傍観者の勝手な言いぐさであり、なんら責任を負う覚悟もない放言に過ぎないし。 不二家が廃業なら、今までさんざん捏造・偏向した報道を繰り返してきたTBSこそ、真っ先に廃業するべきだと思ってしまう。 みのもんたは、夕張が財政再建団体に認定された一連の騒動の際も、かの地まで訪れてレポートしたのはいいが、その後なんら夕張のための活動をするわけでもなし。いじめ問題で緊急出版したものの、”ブーム”が過ぎれば省みることもなし。結局、飯のタネとして一過性のブームに便乗して自分を切り売りしているだけではないだろうか。 まあ、人の好きずきというのも個人的な感情からくるものだから、俺と同じ意見の人がそうそういるとも思えないのだが、ひとつだけ言えることがあるとすれば、 みのもんたの目はいつも笑っていないずる賢い目だってことか。 |
| 2007/03/16 「子供ってそんなに才能豊かなのかっ!?」 | |
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ネットは情報の海。いろいろな人が持論を展開しているものである。
はい、親ばかです。 誰にでも覚えがあるだろう。年端もいかない物心もついていないような小さな子供が 無意味に車や列車の車種や国名を丸暗記しているのを。 これは、柔軟な頭をしている時分の幼児の特権である。子供だけが持っているこの得意な才能のことは、大学生の子供をもつ人の親ならば知っていそうなものなのだが? だいたい、4歳の子供がネイティヴな発音をしているといっても、それは米国人の発音を聞きそれを真似ているからに他ならない。 九官鳥やオウムと一緒。 もしもこの能力を伸ばし高めたいと願ったのならば、なぜこの人は自分の子供にその機会を与えてあげなかったのだろう。(中学校では)十もの科目を教える義務教育の場にそれを求められても困るんだけどなあ。 だいたい、この持論によれば、国語・社会・数学・理科・英語の五教科をはじめとするすべての教科において専門教育をほどこさなければ、不公平だぞ。 もしも、自分の子供に英語の専門的な知識をつけたいと願うのであれば、 やはり親として そのための手だてを施すべきだったんじゃないだろうか? 4歳で気づいたその英語の資質、中学入学までは続けていたのだろうか? 職業柄よく観たり聞いたりする話ではあるが、 自分の子供だけが特別 って考え方をする人は、世の中にザラにいる。 もちろん、そういう風に自分の子供を見る視点が大切なのは当たり前だが、 それを伸ばすのは、一緒に人生を歩む親、家族のはず。 大学生の息子が「マクド」と言うのが嫌なら、やめさせなさいよ、親の権限で。 それ、中学校時代の指導に戻って文句言われてもなあ…。 ところで、子供に聞いてみたのかなあ、英語好きだったかどうか? えてして、子供自身の考えは無視しがちなんだよなあ…。 |
| 2007/02/24 「ダースベイダーの五月人形はアリかっ!?」 | |
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そろそろひな人形の季節だなあ、と思っていたら、すでに五月人形商戦らしく。
造形の竹谷隆之氏といえば、「仮面ライダー」方面で名前を知っている人ではなかったか。 兜のみの写真を見たときは、いくら何でもこれはちょっと…と思ったのだが、鎧が付属する鎧床飾りを見ると、なるほど、確かに違和感ないわ。「スターカォーズ」第1作での白と黒という色の対比と調和の見事さを思い出させるような、重厚さで、確かにこれなら買っても損はないだろう。 買わないけど。 ただ、この鎧にせよ兜にせよ、元ネタを知らない子供にとっては トラウマ以外のなにものでもない と思うのだが…。 |
| 2007/02/18 「君は下水の水を飲めるかっ!?」 | |
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久々に書店で見つけて買ったのが、 「コンシェルジュ 第8巻」 原作・いしぜきひでゆき 漫画・藤栄道彦 (新潮社)\505 ![]() 今回、この漫画の中にひとつとても心に残る話があった。 それは、無農薬野菜の是非についてのエピソード。 明らかに漫画「美味しんぼ」の原作者・雁屋哲をモデルにした人物が登場し、 彼の主張する「無農薬有機野菜絶対論」を打破してみせるのである。 「美味しんぼ」は俺ももう20年以上も愛読しているのだが、 いじめがあるのは学校・教師が悪いからとか、日本の中国・韓国に対する外交姿勢が悪いとか、柳美里を持ち上げてみせるとか、どうも年を追うごとにサヨク的言説が増えてきているようなのである。 もちろん、捕鯨反対論に対する反論等、日本人として共感できるものも多いのだが、 雁屋氏がオーストラリアに移住してのちは、海外から見た日本のダメさ加減ばかり言い募り、見ていて気分が悪くなることもしばしば。(本当に愛国者なのか?) その雁屋氏の「無農薬有機野菜絶対論」について、無農薬野菜が虫害に対して自分の体内で自然に合成する農薬様物質の危険性を訴えるのが、漫画内でのストーリー。これには、実に快哉を叫んでしまった。 いつも思っているのだが、一般庶民の生活水準で手の届く食材・食事というものを考えた場合、「美味しんぼ」の世界観はあまりにも乖離しすぎていると思うのである。 なんか貧乏人は早死にするって断言されているようでさ。 で、雁屋氏が「美味しんぼ」の中で賞賛していたのが、オーストラリアの自然の豊かさと清浄さ。 かの国では、雨水でさえ濾過すれば十分に飲めるほどなんだそうで。 しかーしっ。 ここに興味深い記事があるので紹介しよう。
どうだろう、雁屋氏の誇るオーストラリアの水事情って。 あれだけ日本の水はまずいと言っていたのに、実際はかの国のほうがひどい状況になっていたとは。 もちろん自然環境の破壊などという人的な状況によるものではないが、ありにもオーストラリア、オーストラリアと言っていたそのツケがまわってきた、と考えられはしないだろうか。 (オーストラリアのこの事態を喜んでいるわけではないけどね。) 実を言うと「美味しんぼ」は愛読書だったんだけどね。 初期のストーリーでは、われわれ庶民に手の届くような料理を、今よりもいかに美味しく作るかとか、吟味していくかが描かれていたのだ。なんだか、いつのまにか高級食材や珍味にばかり目が移るようになっちゃってちょっとがっかりしていたのである。 今は、美味しいものが食べたければそれなりの対価を支払い、腕のいい料理人のいる店に行け、って感じで、本当に敷居が高いし。かと思えば、全国味めぐりとか言って、地方の名物料理を並べてみたり。 雁屋さん、アジア人差別に目を向けているのはいいことなんですが、 できれば、俺みたいな食餌制限者にももっと心を砕いてもらえれば、って思います。 |
| 2007/02/16 「いまさらエヴァンゲリオンかっ!?」 | |
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誰にでも”イタイ古傷”というのがあるだろうが、これもきっと日本中の人が抱くトラウマ…。
確かに10年前、社会現象と呼んでもおかしくないムーブメントがあった。 (「宇宙戦艦ヤマト」の時も、北海道限定で起こったけど) ただ、誰もが思うのが、 「いまさらエヴァ?」 ではないだろうか。 現にネットでは、「ゼータガンダム商法」とまで言われている。 「エヴァ」があれほどウケたのは、その未完成さがあったからだろう。 日本のジャパニメーション全般に言われていることであるが、作品中で解説させない部分、省かれた部分を視聴者がおのおのの想像の中で”補完”し、自分なりの物語を構成しているといった面がある。つまり、観ている人間が自分なりの解釈で好きな物語を思い浮かべている”共同幻想”のようなもののだと言えばいいのだろうか。それゆえ、制作者による謎解き、完全版というのはあまり受け入れられる土壌にはない。認めることができないのである。 これは、「アイドル=ウンコしない論」と同様。 今回の「エヴァ」も、10年後の物語、とかサイドストーリーという形であれば、とも思う。あるいはリメイクとか。 「現存する原画に、新しい場面を加えて撮り直し」というのは、明らかに手抜き。 というか、商魂丸出しだな。 庵野監督は自分のスタジオ「カラー」を設立して製作に臨んだということだが、これはさの第一作を成功させるための手段としか見られない。彼が言うように 「閉じて停滞した現代に志を示す」 ためであれば、それこそ元作品の人気に頼ったリメイクではなく、新作で勝負するべきだった。 この新作に贈ることばはこれだな。 「どうせ私は、二番煎じだから…」 「あんた、バカァ?」 ![]() |
| 2007/02/04 「二次使用はどこまで許されるのかっ!?」 | |
この「ドラえもん最終話」については、都市伝説も含めてかなり昔からあった話であるが、このような問題に発展しているというのは初めて知ったことである。 二次使用問題として新聞にも掲載された話題としては、滋賀県大津市の小学校の卒業生がプールの底面に描いたキャラクターの絵を、ディズニーの抗議によって塗りつぶさざるをえなかったという話が、雑誌で紹介されていた。(コアクガジン「BUBUKA時代」vol.1) 今回の「ドラえもん」問題については、金銭のからむことなので仕方がないことなのかも知れないが、この著作権や二次使用という問題、何かすっきりとした解決の方法はないものなのだろうか。たとえば、DVDやゲームソフトなど、台湾をはじめとするアジア諸国では海賊版が堂々と販売されていたりもするし。 はじめからそれとして使用されるのがわかっているのであれば、その分何%かを上乗せした代価で販売するというのも、ひとつの手かもしれない。 さて、今日初めて「仮面ライダー電王」をTVで観た。 ![]() 「今度のライダーは電車で通勤」とか、「電車男だ」とか、「ブラジャー仮面」とか、ネットでは放映以前からいろいろな話が伝えられていたのだが、個人的な感想はどうかというと、 魅力のないライダーと妙にこった造型の敵イマジン、 といった感じか。 まだ始まったばかりで(しかも第1回は観てないし)内容はこれからどんどん膨らませていくのだろうが、いかにもステレオタイプの気弱な主人公というのが、どうも腑に落ちないのである。前回の「仮面ライダーカブト」が自己中心的・俺様タイプの主人公だったことから、母性本能をくすぐるタイプで女性ファンをつかもうという魂胆がみえみえで、これまた…。 で、気になったのが何かといえば、この物語、 味方イマジンは「デスノート」のリュークだし、なにより、 物語の設定自体が「銀河鉄道999」じゃないか。 松本零士センセイ、著作権が侵害されていますよっ! 松本センセイは、あの槇原敬之の提供した歌詞が自作の漫画の台詞からの盗用であると強く遺憾を表明されていたではないですか。それが、なぜ、こんなあからさまな盗用を静観しておられるのだろう?誰が考えてもおかしいとは思うのだが。今後なんらかのアクションを見られることに期待したい。 蛇足だが。 2003年秋、松本零士画業50周年記念作品として「銀河鉄道物語」というアニメが制作されている。 これに先んじること数年、俺は「銀河鉄道物語」という題名の学級通信を毎日発行していた。 これって、盗用されたんじゃ…? |
| 2007/01/01 「ペットに味がわかるのかっ!?」 | |
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さて、約1年ぶりの更新である。 HDDクラッシュのあと、時期を逸したままに入院、手術、闘病と時間だけがすぎてしまった。 時々ログを見てみると、それでもたまにこのページを見ている人がいるのに気づく。 この一年間、ご苦労さまでした。ぼちぼち再開してみます。 あけまして、おめでたい話である。
かねてから疑問に思っていたことなのだが、ペットって味がわかるんだろうか? もちろん愛犬家だとか、自分の家でペットを飼っている人間に言わせると、それは当然ということになるのだろうが、果たして、この価格に見合った味を、彼ら(ペットのほうね)は感じることができるのだろうか? どう考えても人間様とは味覚が違うと思うのだが、そのへんの感覚をどうやって見切っているのだろう。 栄養的なバランスや食生の好みというのは十分に計算できるのだろうが。 ネコまんまという言葉があるように、ネコといえば鰹節をかけたご飯、犬であればご飯の残り物にみそ汁をぶっかけたもの、というのが、昔のペットの食事の相場だったように記憶している。人間の食事と同等の物を与えるなど、もってのほかだったはず。いつからペトはこんなにぜいたくになったのか。 この間、ホームセンターに買い物に行ったら、ペット専用の飲料なんてのがあるのな。 しかも、人間用よりも高いのっ。 ペットは家族の一員、だなんてことをよく聞くのだが、そういうふうに言う人に限って 身内にはやさしく、他人には冷たい のはなぜなんだろう。 |